Vasinal Novel

隔てた先の親しさ

「んんっ、げほっげほっ」

 お姉ちゃんが咳払いをしてそのまま咳き込んだのをドア越しに聞き、耳をそばだてる。この咳払いはある人に電話する合図だ。しばらくの沈黙があって

「あ~、おう」

 無愛想すぎる挨拶に笑いそうになって堪える。

「お前、飯食ったか? は? 私はお前のねーちゃんじゃねぇよ。で、食ったのかよ。……そうか」

 ドア越しには、相手がどんなことを言っているのか窺い知れない。ただ、お姉ちゃんがいつも通りの切り出し方をしているのはわかった。
 通話相手は、ある意味で私のお兄ちゃんだ。ちっちゃい頃に遊んでもらってたし。一人暮らしを始めてから疎遠になっちゃったけど、お姉ちゃんは不定期で連絡してる。だいたい話題に困ってるけど。

「あー、そっちはどうだよ。いや前にも聞かれたってうるせぇな! もっと自主的に近況教えろよ! LOINEだってこの前交換しただろ」

 えっ、初耳なんだけど! 前に会ったの!? だとしたらそれで話題に困ってるのおかしくない!?
 心の中で目一杯ツッコミを入れながら、ドアに耳を押し当てる。

「面倒くさそうにするなよ! 口にも出すな。……はぁ〜、私か? 私は……」

 急にお姉ちゃんが小声になった。全然聞こえない。

「……結束バンドってバンドが……」

 え、なにお姉ちゃん、お兄ちゃんになに言ってんの! 聞こえないんだけど!!

「……あぁ、そうだな。そうしろ。じゃあ」

 いつも以上に気になる通話だったな〜……。
 そろそろ外出てもいいかな。

「お姉ちゃん」

 ドアノブを捻り、お姉ちゃんに声を掛けると明らかに動揺した動きをした。

「お、おぉ。なんだ?」

 声も動揺してる。おもしろい。

「先にお風呂入っちゃうね」
「わかった。……さっきの聞こえてたか?」
「え? 聞こえてないよ〜?」
「おいそれ聞こえてるやつが言うセリフだろ!」
「じゃあお先に〜」
「おい!」

 お姉ちゃんの怒った声から逃げるように浴室二足を向ける。
 隠しきれない嬉しそうな顔が見られたから、今日も満足だ。