chapter6 本当の再会
迎えの艦が来たのは、終戦から一時間と経たない頃だった。
輸送艦の甲板に降り立ち、操縦席から出る。彼や他の隊員も同じようにして甲板に足をつけた。私より背の低い女の子や小太りでひげを蓄えた中年、そしてキザそうな優男がいる。そして三人をまとめるように手招きするのは絞られた筋肉を誇示するような半袖を着た青年、すなわち彼だ。
彼は私を見て、弾けたように笑い始めた。
「ひでぇ! 色んな意味でひでぇ! 敢えて言わんでおいてやるがひでぇ!」
「Code-Red、叩き潰していいよ」
「冗談だよアリス! だからそれ止めろ!」
私が降りたのに動いたからビビったらしい。後ろの隊員たちも少し驚いていた。
「そりゃ無人機か? そういやぁ通信指示のときに俺ら以外に一人いたが」
「正確には自己思考型AI『Code-Red』を搭載した帝国の新型アバンダンだね。遠隔でAIに指示を出すタイプ」
「おいおい、機密レベルの最新鋭機じゃねぇか。よく奪えたな」
《それはひとえに、Ladyがあなたに会いたがっていたからです》
「ちょ!?」
なぜか音声を出力させてCode-Redが割り込んできた。
《人の心は素晴らしい。感服いたしました。だからこそ、私もLadyの抗戦に尽力したのです》
「おーおー、いい忠臣じゃねぇか。なぁアリス?」
この一人と一体いつか殺す。一人は社会的に殺す。
「今、すごい不穏なこと考えなかったか?」
「考えてない」
探るような目つきで覗き込む彼から視線を逃がす。視界の端では小太りの男が自身の機体に乗り込んでいた。なんで乗り込んでいるんだろう。
男の乗り込んだ機体が動き、あろうことか銃口をAIが動かすアバンダンに向けた。
《Code-Red殿! 是非とも手合わせを願いたい!》
彼があちゃー、みたいな顔して手で顔を覆っている。
《すみません。現在この機体は非常に損耗しており、これ以上動かせば空中分解の危険性もあります。ですので、この機体から別の機体に移管された後にお願いいたします》
《承知した!》
快活な声と共に、臨戦態勢に入っていた機体が屈み、中年の男が出てきた。数分も経っていないのにその肌はつやつやだ。
隣に寄ってきた彼が言う。
「あれが戦闘愛好家だ。覚えとけよ」
「戦闘狂いの間違いじゃないの?」
「狂ってたら相手がどういう状態だろうが攻撃するから、愛好家だ」
なるほど、そういうことか。妙に納得できた。
頷き、それに彼も頷きを返す。会話が途切れ、誤魔化すように周りを見回した。帝国の最新鋭機を積んでるだけあって周囲の共和国機は厳戒態勢を敷いている。さらに視線を移せば、優男が少女を肩車していた。中年は太った身体を振るわせて動いているが、あれは何かの拳法だろうか。
「ちょいちょーい」
女の子がのんびりと手招きする。私かと思って行こうとしたら手を振って否定された。彼女はもう一度手招きし、中年と優男を連れて私から離れていく。残ったのは私と彼。彼は頭を掻きながら苦笑いする。
「いらん気を利かせるなぁアイツも」
「なかなかいい部下じゃないの?」
「自慢の部下どもだ」
苦笑いを快活な笑いに変えた彼は、打って変わって真面目な表情で居住まいを正した。
そして言う。
「お前のことが好きだ。友人としてではなく、異性として」
次につながる言葉はわかっていた。だから、私は彼が続けた言葉に即答する。
「俺の嫁になってくれ」
「それは無理だよ」
「……理由を聞いてもいいか」
ここで適当に誤魔化せば、彼との関係を強引に断ち切ることはできる。
でも、それはできない。いくらズタズタの嘘でも、彼をだますなんてことは、できない。
「みんなに死んでほしくないからだよ! さっき言ってたけど、私が乗ってたのは国家機密に相当する機体だよ? 共和国がそれを鹵獲したという情報は確実に帝国に届く。だとしたら、私の捕獲とは比にもならない大戦力を投入してくる可能性が高いんだよ。共和国は元々軍事力より外交力に頼って同盟を広げてきた。閣下とか言う人の思惑は知らないけど、現状で軍事力の最高峰に位置する帝国から機密レベルの最新鋭機を奪ってきたという情報には同盟国もいい顔しないでしょう? だって好機を見て出し抜いたってことになるんだから。早計ではあるけど、最悪は同盟破棄もありうる」
声が震えた。自分が助かったばかりに国が一つ滅ぶ。それだけは避けたい。
「同盟からの援助で帝国との戦闘が成り立ってるって聞いたことがある。同盟との連合軍で帝国軍に対抗してるって。それって同盟が崩れたら共和国が滅んじゃうんじゃないの!? 私みたいな役立たずを助けてくれたのは、本当にうれしかった。でも、私ごときのために国が滅ぶ可能性を抱え込まなくていいの! だから、共和国の機体にCode-Redを移し替えてもらえれば、私はどこかに行く。みんなに迷惑かけたくないから。だから……」
言葉に詰まる。さようならと言いたい。ありがとうとも言いたい。でも、それを言う前に息が詰まって何も言えなくなる。
不意に胸倉を掴まれた。鬼の形相をした彼が私を睨む。なんで怒るのかは理解できる。でも、それは冷静に考えれば私が共和国から去るのは当然の判断のはずだ。
でも、どうしようもなく涙がこぼれる。共和国から脱出したとしても、そこに待つのは凌辱の日々か逃走の果ての餓死だ。私はなんで、生まれてきてしまったんだろうか。
「うるせぇ! めそめそ泣いてんな!」
彼は武骨な指で私の涙を拭う。
「言わせるだけ言わせてやったから俺も言うだけ言うがなぁ……」
額が触れ合うほどに顔を近付け、力強く彼は言った。
「そんなん知るか!」
「……え?」
てっきり論理的な反論でも返ってくるか慰めでもくるのかと思ったけど、実際は全くの逆だった。
「俺は政治は全く分からん。こいつらも多分わからんだろう。が! それだけで閣下を信用しないという理由にはならねぇ! 俺は閣下から直々に『惚れた女がいるなら取り戻してこい』とのお言葉を頂いた! なら俺は閣下を信じてお前を取り戻すまでのこと! 領分侵してまで閣下に下らん言葉を吐いてる暇があったら、己の領分と感情に従って! お前を! あの地獄から救い出すまでだ! わかったか頭でっかち! わかったんならさっさと俺に守られてろ!」
あまりに強引。論理立ってすらいない暴論。
でも、それが本当に彼らしいと思った。考えるより動く。外聞なんて気にしないで家畜扱いされていた自分を救ってくれたあのときと変わらない。
いくらムキムキになろうが口調が粗暴になろうが、彼は彼だった。その事実に安心する。
「本当にいいの?」
「うるせぇなぁ。いいんだよ。おいお前ら! 俺の女は気に入ったか!?」
「もちろん! 帝国の民とは思えないくらいの好人物ですよ! お嫁に欲しいくらい!」
「えぇ。流石は隊長が惚れた方であると思いました」
「確かに素晴らしい人格だろう。だが少し戦闘の観点から見れば容認しがたいところも――」
「「「ちょっとお前は黙ってろ」」」
コントみたいなやり取りを見て、思わず笑みがこぼれる。それと同時に、彼らなら大丈夫という根拠のない確信があった。閣下とか言う人も、少しは信用してみようと思う。
今はタイミングじゃないから、せめて心の中でありがとうを。到着したら存分に言わせてもらおう。
「うん、わかった! しっかり守ってね?」
「応ともさ! 任せとけ!」
互いに笑い、喜びを分かち合う。
空を共和国籍のアバンダンが駆け抜け、輸送艦は共和国本土へと近づきつつあった。