Vasinal Novel

Code Red

chapter5 終戦

 俺が目撃したのは、高速で突っ走る帝国謹製の新型アバンダンの姿だった。速い。速度を重視した俺の可変アバンダンには劣るが、他の保守的な可変アバンダンに匹敵するほどの速さだ。人型というのに空戦型と同等の速度が出せるとは、つくづく帝国の軍事生産力には舌を巻く。

《行くよー!》

 高速を維持したまま、アリスの機体は敵の群れに突っ込んだ。そしてあらん限りの焼夷榴弾を掴んで一回転する。
 爆発の花が咲き、それを切り裂くように帝国の新型アバンダンが現れる。

「いいねいいねぇ! 流石だよアリス!」
《隊長ー! 自重してー!》
「無理!」

 紅一点の隊員に叫び、照準を散開した敵機に合わせて引き金を引く。予測射撃で放たれた銃弾は狙った敵機を貫き、空中分解へと導いた。
 脇では他の隊員も同じように銃撃している。指揮系統が滅茶苦茶になっている敵の群れは統率の欠片もない無造作な動きで逃げ回り、時折味方同士でぶつかっていた。

「馬鹿だなぁ、おい」

 無理もない。だが同情の余地もない。引鉄を引いて混乱する敵を撃ち抜いていく。

「あっけないといえばあっけないな。手間がかからなくて楽だけどさ」
《そりゃ楽でしょうなぁ! にしても歯応えが無い!》

 周囲の風景と同期するモニタの端に映るのはヒゲを蓄えた中年。無駄に長いヒゲから仙人というあだ名がある。戦闘狂いという共和国でも珍しい人間で、帝国への亡命も考えていたという男だ。こういう部隊に配属されてなかったら間違いなく亡命していただろう。

《ひゃははははははは! 久しぶりですねぇこの感じはぁ!》

 戦闘とあって、仙人のテンションがハイを通り越してとんでもないことになってる。下着の替えあるんだろうか。無くても俺のは渡せないぞ。

《楽しいですなぁ隊長!》
「全く同意できないな!」

 近付いてきたアバンダンの顔面を残弾ゼロの銃器で叩き壊す。周囲の情報を大部分失ったアバンダンは酔ったように機体をふらつかせ、仙人からの銃撃に爆発四散した。

「紅一点ちゃん武器頼む!」
《いい加減に本名で呼んでくれませんかー?》

 苦情を言いながらも、紅一点は数ある武装から機関銃をパージした。彼女の機体は単騎で艦隊を撃墜することを目的としたオーバーキル仕様だ。武装は腐るほどある。

「紅一点ちゃんに武装担がせるのが定常化しつつあるなぁ」
《その武器庫みたいな扱いのせいで常に護衛が必要なんですけどねー。重いから遅いし》

 やたら武装を積んだ人型は肩のコンテナを叩く。その横で長大な銃器を構える可変アバンダンが遠距離の敵を撃ち抜いた。狙撃のアバンダンは空になったマガジンを交換しつつ、その乗り手は回線をこちらに繋ぐ。

《隊長、頼みますよ。後方支援で精一杯なのでこちらに敵が来ないようにしてください》
「それでも挟撃来たら対処は難しいぞ?」
《それだったら帝国のお嬢さんが頑張っていらっしゃるので大丈夫だと思います》

 遠くの空では、帝国の新型アバンダンが縦横無尽に駆け回り、幾つもの敵機を手玉に取っていた。回線が切られているからわからないが、新型が発する躍動感には今までにない喜びの感情がある。

「いいね。いいね」

 俺は笑みが浮かんでいることを自覚した。思い出すのは帝国旗艦の片隅で死んでいた彼女。虚ろな目を見たときは背筋に氷を突っ込まれたかのような感覚を覚えたものだ。無感情を体現したような人形もどき。それが昔の彼女だった。
 それが今はどうだ。泣き喚き、叫び、笑って喜ぶ。最初にあったときよりも遙かに感情がある。
 それならば、その成長を祝そうじゃないか。

「紅一点ちゃん仕上げの準備だ! 花火を咲かせるぞ!」
《了解ですよー》

 重装アバンダンに指示を出してから、孤軍奮闘する帝国の新型を見る。

「ところで……」

 後ろのバーニアが無駄に赤熱してるのはなんでだろうか?



《今すぐ停止してください! 空中分解しますよ! なぜあのような加速をしたんですか!》
「加速の配分間違えましたごめんなさーい!」

 おじゃんになった計器類を見ながら叫ぶ。燃料メーターもエンジンの排熱モニタもまとめてダウンしていた。おそらく調子に乗って加速したせいでイカレたんだろう。
 気分を前向きにしたらこれだ。泣きたい。

《計器類壊れているので報告しますが、継戦可能な時間はあと一分です! それ以降は逃げ回ってください!》
「一分ね!」

 今すぐというから五秒とか覚悟していたが、予想より長い。それなら充分だ。敵の残りは少なくなってるし、そもそもこっちにはでたらめに強い四人衆がいる。

「行けるよ!」

 操縦桿のボタンを押して銃器のグリップを握る。銃弾を横に薙ぐように撃って牽制し、そこから本命の焼夷榴弾を撃ち込んで後退する。レーダーを見れば、私を挟撃しようと数機が配置を整えていた。

「さっき突っ込んできた機体は囮か!」
《アリス! 仕上げをする! その敵をこちらに誘導できるか!?》
「やってみる!」

 彼からの回線に即答するが、実際のところはわからない。アイコンを見れば、ご丁寧に溜息のエフェクトを出していた。なんかムカッとする。

《戦闘レベルの加減速でなければ充分に可能です。Ladyは彼のもとに向かってください》
「了解!」

 加速レバーを最大まで押し込む。しかし起きた加速は敵から逃れられ、なおかつ空中分解しない程度の適正速度だ。加速のシステムにCode-Redが介入でもしたのだろう。

《早速破ってきましたね……!》
「いや、でもさ――」

 一拍置いて反論を口にする。

「――空中分解して、それであの人に受け止めてもらえたら……感動的じゃない?」
《馬鹿がいる!?》

 アイコンがびっくりしたようなアクションに変形した。
 本当に人間らしい。

《合理的に考えてください! ともかく、全ての上限を空中分解を起こさない値に固定したのでそれ以上は出ませんからね。上限以上レバーを押し込んだりすると無駄な負荷がかかりますのでやめてください》
「はーい……」

 AIから理性的なことを言われて冷静になる。よく考えると本当に何言ってるんだろう。馬鹿なんじゃなかろうか。

「ありがとねCode-Red。戦場らしくない空気にしてくれて」
《いや、Ladyのせいでしょう……》

 それもそうだった。
 銃弾と砲弾の包囲の最中、AIと笑い合う。機体がギシギシ言ってるのが冷や汗ものだったけど、それでもなんとか彼のところまでたどり着くことが出来た。彼らは重装アバンダンを守るような形で陣を組み、迫りくる敵を撃墜していく。

《誘導したな!》
「したよ! 仕上げよろしく!」

 それを合図に、重装アバンダンを守っていた三機は一気に散開する。

《さーて仕上げだ!》

 散開と同時に彼が言い、重装アバンダンに取り付けられたコンテナが一斉に開いた。そこにあったのは血の気が引くほどのミサイルの列。コンテナは肩と背中で計四つはあるので、優に三桁は超えるだろう。あんな状態で激戦地にいたという事実に、恐れと共に尊敬を禁じ得ない。それを望遠で見たのかはわからないが、明らかに敵の群れが動揺している。

《花火の時間だ! 盛大に打ち上げてやれぇ!》

 彼の叫びと同時に、全てのミサイルが射出された。
 端的に表せば、それはワンサイドゲームだった。敵の数は二桁。対してミサイルの数は三桁相当。一機につき二発から三発のミサイルが追跡し、それを迎撃しつつ逃げなければならない。オマケに一機撃墜されるごとにそれを狙っていたミサイルが他の敵に追加されるのだ。性質が悪いゲームとしか思えない。
 結果は明白。爆発の花が咲き乱れ、最後にひときわ大きな開花を見せて、激戦地は静かになった。周囲を見渡しても空と森しかない。陸のアバンダンにも照準を合わせていたのか、森の一部は抉れ、機械の残骸が飛び散っていた。あまりにあっけなく、現実味がない。

《アリス。無線が入った。共和国はアリスの亡命を歓迎するとのこと。至急、迎えに輸送艦を寄越すらしい》

 彼の言葉でやっと目の前の光景が現実味を帯びてくる。それと同時に、今まで抑えてきた恐怖や喜びや悲しみが、ない交ぜになって胸に去来する。

「ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい……」

 私の身勝手と保身のために殺してしまって、ごめんなさい。
 溢れてくる罪悪感に身体を丸めて嗚咽を漏らす。回線は開きっ放しで、おそらくは全員に聞かれていただろう。
 しかし、彼はあっけらかんとした声で、

《帰ろうぜ》

 ただ一言、そう言った。

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