chapter3 受け身な戦闘
八時間は耐えきれなかった。趣向を変えて行われた様々な苦痛に耐えられず、頭の中はもうグシャグシャだ。
「あ、は。あは、あはは、あはははははは……」
意味もなくおかしくなって笑う。このまま笑っていたら、いつか死ねるだろうか。
「いや、でも」
でも、まだ希望は残っている。これが失敗すれば、あとは地獄しか残っていない。
それでも、やる価値はある。
部屋を抜け出し、廊下に監視がいないことを確認する。その足で向かうのはアバンダンのコンテナだ。整然と並ぶアバンダンに息をのみながら、その中から新型を探し当てる。ちょうど換装が終わったあとなのか、操縦席までのスロープがあり、失った武装も補給されていた。
スロープを駆け上がる。滑り込むようにして入った操縦席は、今まで一度も使用されていないだけに清潔そのものだ。早速計器類を確認し、操縦桿を握って操縦法を思い出す。何度か操縦桿を動かして、そこでやっとエンジンを点火した。背中からせり出したバーニアが赤熱し、熱風を吹き下ろす。それも数秒で収まり、点火したエンジンは駆動系を叩き起こして確実に歩行可能まで近づけていく。
成功だと、そう思った。しかしそれは簡単に裏切られる。
「そこ! 新型に何やってる!」
大声に振り向けば、閉めていなかった操縦席のシャッターから覗く一人の男。つなぎ姿からして整備員だろう。
「お前! もしかして慰問の……!」
見知った顔に頬が引きつった。私で散々遊んでいた男だ。忘れるはずがない。
「ここはテメェみたいなやつが遊ぶ場所じゃねぇんだよ! 全員が命かけてるんだ! さっさと出ろ!」
男に服の襟を掴まれる。勢いよく引っ張られて首が絞まった。息が詰まる。腕が無意味に暴れた。
「ったくよぉ、手間を掛けさせんな。まぁ、新型の人型アバンダンに乗れるだけありがたいと思えよ?」
結果的に操縦席の入り口まで引きずられてしまった。ここを持ちこたえなければ、待っているのは地獄だ。
それは、嫌だ。
「んー! んー! んー!」
「抵抗するな! こっちだって日ごろ世話になってるから邪険にはしたくないんだよ!」
入口の枠に手をかけて操縦席に戻ろうとする。それに必死になればなるほど、首を絞める力は強まっていく。
頭痛が酷い。目の前が白っぽくなってきた。そしてなにより苦しい。
もう、いいか。ここで諦めてしまえば、あとはもう壊れるだけだ。
そうだ、壊れてしまえばいいんだ。そうすればもう彼のことで苦しまなくてもいい。泣かなくてもいい。
それがいい。それならいっそ、彼が打算で近付いてきたと思えばいいんだ。そうすれば、もう何も残らない。
「い、や……」
違う。頑張れ、と言った彼の言い方に偽りはなかった。彼は、私が頑張ってくれると信じている。
それならまだ、頑張れる。
腕に力を入れてなんとか身体を操縦席の近くまで戻す。足を滅茶苦茶に動かして操縦席のボタンを叩きまくる。
「は、な……せ!」
なけなしの酸素を削って叫ぶ。それと同時に空気が抜けていく鋭い音がして、シャッターが閉まった。
私の目の前に何かが転がる。よく見れば、それは生首だった。そして後ろを見れば、血だらけのシャッターにははさまれた両腕もあった。
「あ……え?」
なにこれ。悪い夢でも見てるの? 夢だったら、早く覚めてほしい。冗談にもならない。
そう笑い飛ばせればどんなに幸せだっただろう。だけど、目の前の肉塊は私に現実を突き付けてきた。服を汚す紅い液体も、驚いたような表情で固まる顔の生々しさも、襟を掴んだまま離れない腕も、全ては事実だ。それがどうしようもない現状を告げる。
私は、人を殺したのだ。
「……!」
もはや声も出なかった。あまりのおぞましさに、喉が引きつっていたからだ。
今まで、秘密兵器の操縦桿という扱いで何十機ものアバンダンを落としてきた。だからこそ、生身の死体なんてものを見たことを一度もなかった。
歯がやかましく音を立てる。喉からすっぱいものが込み上げてきた。
反射的に口を押さえて背中を丸める。込み上げてきた消化物を盛大に操縦席にぶちまけた。
口の中が気持ち悪い。だけど、生首を見るたびに吐き気は押し寄せてきた。胃の中身が無くなるまで吐き続ける。操縦席では消化物が海を作るように広がっていた。
震える口から、自然と言葉が突いて出る。
「帰らなきゃ」
彼のもとに、帰らなきゃ。精神が壊れかけた私を支えたのはその一念だけだった。
操縦席に座る。尻が汚れるが気にしない。生首を後ろに追いやって、私は操縦桿を握った。
心を殺す。意識して無感動になる。そうすることで、私の意識は前へと向いた。記憶を掘り返して全方位モニタを起動する。映るのは騒然としたコンテナの内部。がなり立てる司令官も見える。
操縦桿の扱いは、全てのアバンダンで共通のはずだ。人型ということで多少は勝手が違うだろうが、四の五の言っていられる状況ではない。
「ごめんね帝国の国民さん。私はこれから、帝国を裏切ります」
決意を口にして、機体の向きを出口に合わせた。その方向転換に対応できなかった整備員が踏み潰されるのをモニタが捉え、罪悪感に押し潰されそうになる。
でも、押し潰されたら負けだ。
機体を前傾にする。背後で整備員の監督が退避命令を出すのが見えた。奥で兵器が稼働しているのが見える。
もう時間はない。確信した私はバーニアの出力レバーを強く押し込んだ。
新型の人型アバンダンはバーニアを限界まで噴かせる。そしてそれが吐き出した熱風で周囲を吹き飛ばしながら、コンテナのハッチを最大加速でブチ破った。
ブチ破ったときに右腕を前にしたせいか、右腕に信号が届かなくなった。
いや、今はそんなことどうでもいい。それ以上の問題が私にはあった。
「どうやって動かすの!?」
今まで一度も人型に乗ってなかったから、全部共通なんて勘違いしていた。操縦システムが違う。人型は他のタイプのどれよりも繊細だった。各関節にはバランサーとしての制御装置と小型バーニアがあり、指を動かすのだって操縦桿に付いた複数のボタンをパソコンのショートカットキーの要領で組み合わせて運用しなければ不可能だ。今戦えと言われたら、無理だと言って逃げるだろう。
それぐらいには、人型の操縦法は細かく難しかった。先入観で楽観視していた自分に腹が立つ。
実際に乗ってみてわかったことは二つ。一つは操縦が困難で、可能な操縦が加減速と方向転換しかないこと。そして通常のアバンダンより燃料が三倍近く持てることだ。どこにそれだけの容量があるかはわからない。ただそれが真実なら、共和国の母艦を探すためにあてどなく回遊する時間が増えたことになる。
しかし、現実はそう甘くはない。全方位モニタが赤く点滅し、視界の端に警報を示すポップアップが溢れた。操縦桿を倒してすると、前までいた場所を都合よくミサイルが通過する。
敵襲だ。
「対応が早すぎる!」
さっきの最大加速の熱風で、あの艦にあったほとんどのアバンダンは大破したか行動不能に陥った。ということはつまり、これは本国から派遣されたアバンダンということなのだろう。
モニタに映るレーダーを見る。敵を意味する赤いターゲットは十五。敵の攻撃を意味する赤い矢印は重なりながらこちらに突っ込んできていた。避ければ、銃弾の一列が擦るようなギリギリを通っていく。
また歯が震え始めた。それを助長させるように、一度通過したミサイルが反転してこちらにまた襲い掛かってくる。
「う。うぅぅうう!」
震えを抑えるように食いしばり、一か八かの賭けに出た。腕に収納させていたブレードを展開し、バーニアを限界まで噴かせる。腕が動かせるかどうかわからない。それでもやらなければ死ぬだけだ。
操縦桿を動かしながらそこに付いたボタンを腕が動くように操作する。
しかし、反応はなかった。加速する新型アバンダンにはミサイルが迫り、打つ手立てはほとんどない。
だから、彼女は機体を回らせた。加速状態で機体を回し、信号を受け取らない脱力した右腕をミサイルにブチ当てる。ミサイルは起爆し、それと同時に右腕をパージされた。
「!?」
本来のシナリオを違った。本来はミサイルを右腕で受け、右腕の破壊と多少の損害で切り抜けるつもりだったのだ。しかし右腕がパージされ、加速で爆発を置き去りにした機体は幸運にも損害から逃れた。
なぜ右腕がパージされたのか。
加速の中で私は考える。しかし答えはすぐに出た。モニタの中央。そこに半透明のドクロのアイコンが現れたのだ。アイコンは口を不気味に上下させて無駄に滑らかな英語を口走る。
《Welcome,lady. 私は――》
「黙れ!」
突然現れてしゃべり出したアイコンに驚いて、反射的に生首をぶん投げた。生首に残っていた血がモニタを汚すが、すぐに洗浄されて綺麗になる。何故だかはわからないが、あのドクロアイコンがやったのだという気がした。
私が叫んだあと、ドクロアイコンはどこかに消えた。ウィルスか何かだったのだろうか。だとしたら良心的なウィルスだ。おそらくは、パージもあのアイコンがしたのだと思う。
「なんだったの、あれ……?」
ぼやきながら計器類を確認する。取り敢えずは敵を切り抜けることが出来た。新型の加速能力のおかげだ。だが予断は許さない。エンジンの過熱が酷かったので、冷却系を自動から手動に切り替えてやりすぎない程度に出力を上げる。その他の計器類を確認し、異常が無いか確かめる。
そのとき、モニタが赤に点滅した。レーダーを見れば画面を埋め尽くさんばかりの赤い矢印。思わず振り向けば、幾つものミサイルや機銃弾がこちらに走ってくるのがわかる。
ここから、長い時間をかけた逃走劇が始まった。