chapter2 皮肉な再会
現れたのは、両国で大量生産される空戦型アバンダンだった。戦域の外まで追いすがってきたのは珍しかったが、それでも許容範囲内だ。冷静に銃口を向け、銃弾をばら撒く。
そこで予想外の出来事が起こった。敵が銃弾を全て避けたのだ。ここに来て、やっと共和国が手練れを投入してきたのだと気付く。しかし、それは少し遅かった。高速で迫る敵に対抗する術は数えるまでもない。銃弾は全て避けられ残弾はなく、あとは腕に格納されたブレードと肩シールドのグレネードランチャーのみ。選べる戦術を大まかに言えば、近付いてきたアバンダンをぶった斬るか爆弾を食わせるの二つだ。
私は、そのうちのぶった斬る方を選んだ。片腕を敵から見えないように背中に隠し、腕に格納されたブレードを展開する。敵は迫る。空戦型だからこそ空気抵抗を大して起こさずに高速で突っ込んでくる。
それが目前まで迫ったとき、背中に隠した腕で攻撃を敢行した。その動きは横薙ぎだ。しかし、敵は急制動で速度を緩め、無理矢理に機首を上げて急加速をかけることで回避した。通常のアバンダンでは行えない挙動だ。おそらくは専用機なのだろう。
これは相当な手練れだ。
そう覚悟した、そのとき。
《アリス、俺だ! 戦闘をやめてくれ!》
もう、聞くとは思っていなかった声を聞いた。
私は、この馬鹿極まる飛行機乗りについて回想する。彼と出会ったのは、新型アバンダンの操縦者としてその任を命じられてから三年がたったころだ。いい加減に周囲の環境に慣れてきて、同時に無感動になっていた時期だった。
「こんにちは!」
すれ違いざまにそう挨拶されたのは、初めてだった。今までは汚物か娼婦を見るような目線でしか見られたことが無かったから、新鮮ですらあった。そこから期間を開けて、次に出会ったのは私が兵士の慰問活動をしていた時だ。すっかり疲れてしまった私は彼に運び出され、そして起きたら彼に説教を喰らった。思わず面食らったのだが、それを見た彼が悲しそうに怒っていたのを覚えている。
そこから、彼との交流が始まった。彼は毎日、昼になると私を連れ出して一緒に弁当を食べる。配給の弁当があるから固辞しても、彼は手作り弁当をこっちに押し付けてくる。ただ、美味しいので受け取ってしまうのは仕方がないことだろう。ただ、配給の弁当を食べないと司令官からありがたいお説教などをいただくので倍は食べないといけない。おかげで、毎夜の慰問で吐いてしまうことがあり、愛のムチをもらうこともよくあった。
だけど、彼との時間に比べれば大したことはなかった。彼と過ごしていく時間の中で、私の無感動は徐々に治りつつあった。それと同時に、軍人として生活することが苦にもなった。だから、それを知られたくなくて彼を突き放すこともあった。でも、本当は一緒にいたかったのだ。どうせなら一緒に逃げ出して、のうのうと平和に暮らしていたかったとさえ思っていた。
その機会は、意外と早く訪れた。彼が共和国に亡命することが決定し、彼の友人である外科医も同行するという。当然、秘密裏に私も誘われた。
だが、国の存亡を担う兵器の操縦者とあっては、亡命の意味合いもまた違ってくる。追ってくる軍隊の攻撃も普通より激しくなるだろう。だから私は、彼を拒絶することで同行を断った。せめてこれで、彼がなんの迷いもなく共和国に渡れるように。
彼が去って、しばらくは無気力になってしまった。それを司令官に問われ、激しい尋問を受けたこともある。しまいには一週間昼夜を通して慰問をさせ続けることで精神を更生するプランが行われたほどだ。
それで、私はやっと昔のような無感動に戻った。しかしそこにまた、彼が共和国の兵士として現れたのだ。
神様がいたとしたら、泣いてタコ殴りしてやる。
《いますぐ攻撃をやめてくれ! 俺に攻撃の意思はない!》
冗談だ。これは冗談に違いない。私が心の底で望んだから、幻聴でも起きたんだ。
そう思う。そう思わないとやっていけなかった。平穏のために決死の覚悟で亡命した彼が、わざわざ兵士に戻るわけがない。戻るわけないんだから、これは私の幻聴だ。やっと頭がおかしくなったのか。
私は必死にそう思い込もうとした。
《そして、そちらの艦橋! 音が拾えているなら聞いてくれ!》
だけど、現実は虚しく事実を突き付ける。
《アリスを、解放してくれ!》
この国でもう呼ばれるとは思ってなかった名前。彼にしか教えなかった本名。
そして、誰よりも私を愛して、第一に考えてくれた彼。
全てがこの一言でつながって、認めざるを得なくなった。
「来ちゃったんだ。来ちゃったんだ……!」
彼が、来た。私を唯一人間扱いしてくれた、彼が来た。
どれほどの希望か。どれほどの喜びか。
そして、どれほどの絶望か。
「誰だこいつは! 貴様の知り合いか!?」
操縦室に司令官が乗り込んできた。しかし、操縦中に殴れば機体が制御を失って墜落するため、怒鳴るに留まっている。その好機に、私は機体の音声通信を開いて声を荒らげた。
「帰れ! もうここは貴様の居場所ではない!」
マンガなどでお決まりの拒絶。そんなことを言われれば、意固地になって並走してくるのは目に見えている。
しかし、私は彼が帰ることを確信していた。
《わかった! ……頑張れ!》
思った通り、彼は清々しいまでの返事をして機首を私たちの艦艇から離していく。その一連に司令官も困惑しているのが、背中越しにわかった。
「新型をコンテナに積み込み直せ! 私はバルガーに事情聴取を行う!」
困惑から抜けた司令官がインカムに向かって怒鳴る。そして私に帰投命令をすると、おもむろに服を脱ぎだした。
私はそれだけで、涙が出そうになった。
事情聴取にも満たない拷問は二時間に及んだ。時間にしてみれば普段の慰問よりも短いが、慰問とは比べ物にならない濃密さだ。何度悲鳴を上げて助けを求めたかわからない。五体満足でいられたことが不思議なくらいだ。
「理由はしっかりと聞いた。陛下に上奏しておこう」
支配欲を存分に満たした司令官は、満ち足りた笑顔で言って私を解放した。泣き濡れた顔と傷付いた身体を洗い流そうと、備え付けのシャワールームに入って身体を洗う。ムチで叩かれた箇所に水がしみる。身体にこびり付いた液が固まってなかなか取れない。彼と過ごした幸せな日々を思い出して、自然と涙がこぼれてきた。
なんで彼はやってきたんだろう。やってこなければ、私はずっと無感動でいられたのに。無感動に使い潰されて、幸せではなくとも、そんなことを感じないまま死んでいけたのに。
「馬鹿……。馬鹿ぁ……!」
そんな言葉が口を突いた。
もうやだ。こんな生活は嫌だ。使い潰されるなんてごめんだ。それくらいならいっそのこと死んでやる。
無感動になってフタをしてきた本音が溢れてくる。
それを心の底に押し込めて、シャワールームを出た私は無理に笑ってみせた。それを見た司令官は気持ち悪く笑う。
「随分といい顔になったものだ。昔は黙っているだけだったが、今日だけは極上の気分だったよ。あれが原因か?」
あれ、という言葉が指す意味はおそらく彼だろう。
私の沈黙を肯定と取ったのか、司令官は気持ち悪い笑みを深めた。
「最初にしか見られなかったその悲痛な顔。あれを目の前で殴り殺せば、もっといい顔が見られそうだな」
「やめて!」
反射的に私は叫んでしまった。
司令官の笑みがさらに深まる。
「なんだ。上官に向かって兵器ごときが敬語も使わないのか? これは教育が必要だな」
一瞬で視界が真っ白に染まった。
教育。それは、さっきの拷問とは比べようのないものだ。とても耐えられるものではない。
私はそのとき、なけなしのプライドをかなぐり捨てた。
「お? なんだ、土下座なんぞして。私に何か言うことでもあるのかな?」
「お願いします。どうか、教育だけは。教育だけは許してください!」
頭を地面に擦り付けて哀願する。
それを司令官は鼻で笑った。
「たかだか基本姿勢をした程度で許せと? 笑わせるわ。しかし、そうだな。これから事情聴取の四倍の時間をかけて慰問をしてくれるというのなら許してやろう」
慰問。今の私にとっては悪夢に等しい言葉だ。
「いやぁ……。慰問はいやぁ……」
思わず出た言葉は涙声で掠れていた。
私の微かな反抗に、司令官の言葉に嫌悪が混ざる。
「なら、教育だが?」
「慰問させてください! お願いします!」
教育より慰問の方が遙かにマシだ。しかも教育の時間が明確に言われていないのだから、なおさら慰問の方がいい。八時間だろうがなんだろうがやってやる。
「そうかそうか。なら許そう。顔を上げろ」
顔を上げれば、満足そうに頷く司令官の姿があった。
「いい声だ。いい顔だ。それに加えてシャワーを浴びたあとの少し火照った裸体。見事だよバルガー」
そう言って、彼は足を振り上げた。振り下ろされた足は私の後頭部に当たり、強制的に頭を下げさせられる。額を強打して目の前で火花が散った。
「では、戦後の小休憩といかなければ。兵士にも召集を掛けよう。盛大な宴と行こうではないか。たまには趣向を変えて、壊れない程度に色々な方法を試してみるのも一興かもしれんな」
司令官の楽しそうな言葉を聞いて、私は声を押し殺して泣いた。そして同時に、ある決意を固めた。
それにはまず、地獄の時間を抜けなければならない。