Vasinal Novel

超独自解釈! ミト研活動記録!

勝手に殺すなよ

『あの子を連れてきてほしい』

 所長からの連絡は突然だった。見知らぬ軍人さんの依頼で飛び出していった所長をいつものように待っているだけかと思ったが、今日は事情が違うようだ。
 あの子とは、未だに出自不明の銀白髪の少女のことだろう。名前すら知らないが、もしかして名無しなんだろうか。
 しかし、困ったことが一つある。彼女は外に出たことが多分ない。根拠はシンプルで、普段着が病衣なのだ。病衣の人間(?)がたこ焼き屋から出てくれば嫌でも噂になる。そんな噂を聞いたことがないので多分そうだ。
 とりあえず、所長の服から適当なものを見繕って渡す。予想通りズタズタにしてしまったので、二着目はなだめすかしながら無理やり着せた。身長が近いのが所長しかいないから仕方ないが、それにしても少し服がキツい気がする。今度、所長のお金で服を買おう。いきなり呼び出した迷惑料と思ってもらう。
 最後にフードを被せて尖った獣耳を隠し、手を取って外に連れ出す。

『急を要する。助けてほしい』

 位置情報を添えての一言に、思わず立ち止まる。
 もしかして、彼は命の危機の只中にいるのではないか。この子がどういう事情でたこ焼き屋の地下にいるのかは知らないが、強いだろうことは普段の凶暴さから推察できる。その強さを頼って、私を案内人にしたのだろうか。
 だとしたら、だとしたら私は――

「わ、わっ!?」

 不意に手を引かれ、我に返る。興奮気味に鼻を鳴らす銀白髪が、私の意思も構わず歩き出そうとしていた。

「ま、待って、待って……! 反対方向! こっち、行く、から!」

 指差しながらの説明は通じたようで、近くのタクシーを捕まえて彼女を押し込み、最寄り駅に急がせる。急を要するのなら特急で行ったほうがいいだろう。ちょうど所長の位置情報に最短時間で行けると画面に出ていた。
 タクシーを降り、手を引いて券売機で特急券を買う。そうして無事に特急に乗り込んだ私たちは、最短経路で目的地に運ばれていく。
 電車内の自販機で水を買って彼女に手渡す。珍しそうにしている姿を微笑ましく思いながら口を開いた。

「言って、なかったけど……。これはお散歩じゃなくて、所長のお手伝いだよ。命が危ないみたい」

 途端に彼女は嫌そうな表情になった。ドライブかと思ったら病院だった、みたいな顔をしている。それは少し面白いが、それ以上に、この千載一遇の好機について思いを馳せる。

「言うわけないし、言っても、いいかな……」

 彼女が首を傾げるのを見ながら、言葉を継いだ。

「別に私、所長が死んだっていいんだ」



 位置情報を頼りに、辿り着いたのは運送倉庫だった。海に近く、コンテナが山のように積み上げられているそこは、今は決闘場と言ってもいい様相を呈していた。
 赤みを帯びた巨大な何かが細長い腕を振るう。その先で必死の動きで避けるのは見慣れた白衣姿だ。ギリギリのところで避け、腕が掠ってあらぬ方向に折れ曲がる。その隙を突くように放たれた反対側の腕によって、彼は砲弾のように吹き飛ばされた。

「しょ、所長!?」

 吹き飛びコンテナを凹ませた所長は、ピクリとも動かなくなる。
 期待する心を押し殺し、コンテナに駆け寄る。

「死、死んじゃった……?」
「勝手に殺すなよ……」

 しかし、期待とは裏腹に彼は平然としていた。身体中傷だらけで、左腕がひん曲がっているのが信じられないほどの気だるげな顔だ。

「依頼にイレギュラーが入った。いつもは単独でなんとかなるけど、今回はどうにもならない」
「えと、こういったものを毎回相手にしてるんですか? 実はすごく強いとか……?」
「僕はちょっと頑丈なだけだよ。特に、ああいう手合いは得意じゃない」

 その言葉に、思わず彼と彼女を交互に見る。
 毎日のようにスナック菓子の如く身体を齧り取られているのに、どこが頑丈なのだろうか。生き汚いの間違いではなかろうか。

「何か言いたげだね。別にその子に食い千切られるのは仕様だよ、そういう子だから」

 どういう仕様なんだろう。気になるが、それよりも問題は目の前の敵だ。自我が薄いようで小さな目玉をキョロキョロさせる巨体は、なんというか、アレに似ていた。

「なん、ですか。所長の研究対象ですか……?」
「あんなの僕の研究対象なわけないでしょ……」

 いや、見るからに歩く肉団子ミートボールだ。これを研究せずして何がミートボール研究会だろうか。

「あれはあっちの研究成果でしょ。さっさと倒さないとこっちが挽肉になる」

 ちょっと頑丈だからか、涼しげな顔で所長は言う。
 とはいえ、私からすれば洒落にならない。指を引きちぎられて笑ってる所長がボロボロになる相手だ。

「どっ、どうするんですか?」
「この子を説得する」
「えっ、説得、できるんですか……?」

 対話もできずに問答無用で齧られている姿しか見たことない。
 そして始まったのは、説得ではなく交渉だった。

「帰ったら1時間は触らないから……。助けてほしいんだけど……」

 無言でそっぽを向かれた。流石に1時間は短すぎたらしい。

「1時間10分!」

 そっぽを向いたままだ。

「1時間……21分!」

 肉団子が訳もわからずコンテナを攻撃している。

「1時間……32分!」
「しょ、所長、刻んでないで! いっ、1日くらい、いいじゃないですか!」
「1日は長いだろぉ……!!!」

 しかしそっぽを向いたままだった。どうやら1日以上必要らしい。
 肉団子に攻撃されていたときより追い詰められた表情になった所長は、頬に涙を伝わせながら歯を食いしばった。

「3日……! 3日触らないから……!!」

 銀白髪の少女は、今まで見たことないほどの笑顔で応じた。
 所長の涙が増えた。
 肉団子が私たちを視認した。
 銀白髪が、瞬発する。

「えっ……?」

 それはハンバーグの生地を手に叩きつけた音に似ていた。刃先を潰した包丁で切られたように巨体が抉れ、水音を立てて地面に倒れ伏す。そこにいたのは、右足を赤く汚した少女と、事切れた肉団子だけだった。

「これに3日はバランス悪いだろ……」
「すごい、絶望してますね……」

 事態が一発解決したというのに、所長の顔は冴えない。日々の癒やしが3日もできないとなれば当然かも知れないが、同情の余地はなかった。

「ど、どう、するんですか? この、肉団子……」
「依頼主に電話してみる。その子の足を綺麗にしたら帰って大丈夫だよ。途中の公園に水飲み場があったはずだから、そこを使うといい」

 そういうと、じゃあねとばかりに手を振られる。
 あまりにあんまりな態度に、遠ざかりながら電話をする所長に舌を出した。
 全財産を使ってでも彼女の服を全力でコーディネートしようと、心に誓った。

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